グロトリアンはスタンウェイの兄弟?!|初めての高級ピアノ

スタインウェイの祖となるグロトリアン

グロトリアンとは
※注意 このブログは趣味で始めたもので、ここに記載されている情報はブログ運営者の備忘録として記録しているものであり、正確な情報ではありませんので注意してください。 

グロトリアンピアノの歴史を語る上で、スタインウェイピアノの歴史とは切っても切れない関係があります。 グロトリアンの歴史は古く、スタインウェイの創立よりも18年早い1835年に始まります。

繊細さを極めるピアニッシモから力強いフォルティッシモまで。コンチェルト(225 x 153 x 100 cm, 400 kg)では、あらゆるダイナミクス範囲を完璧に表現することができます。この楽器の音は中型ホールや音楽学校、オペラハウスや大サロンいっぱいに広がります。コンチェルトは、何世紀にもおよぶ経験、懸命な研究、そして音楽指導者、ピアニスト、音響のスペシャリストとの緊密な意思疎通の賜といえます。

グロトリアンの誕生

グロトリアンの誕生は、ドイツのゼーセン市におけるスタインウェイの歴史にまで遡ります。

 世界4大(世界三大※)ピアノ・メーカーとして名高い、のちのスタインウェイ&サンズ社(ニューヨーク州マンハッタンのヴァリック街で1853年に創立)の創業者でもある、当時ドイツの家具職人であったハインリッヒ・エンゲルハルト・シュタインヴィッヒ(米国名:ヘンリー・エンゲルハート・スタインウェイ,Henry Engelhard Steinway,)が1825年頃からドイツに於いてピアノ製造を開始しました。 ※ピアノが技術的に大きく進化をしたのは19世紀のロマン派全盛の頃であり、当時の3大ピアノ・メーカーがスタインウェイ(米)、ベヒシュタイン(独)、ブリュートナー(独)となります。

前回ご紹介した世界四大ピアノメーカーにベーゼンドルファー(奥:オーストリア・ウィーン)をご紹介させていただきましたが、国際ピアノコンクールでは最高峰のものと言える「ショパン国際ピアノコンクール」の公式ピアノの一つとして1927年第1回から採用されていましたが、21世紀以降公式ピアノから除外されています。 現在、「ショパン国際ピアノコンクール」の公式ピアノは次の5つです。 ・スタインウェイ(1927年第1回から採用。) ・ベーゼンドルファー(1927年第1回から採用。21世紀以降公式ピアノから除外) ・ヤマハ(1985年第11回から採用。) ・カワイ(1985年第11回から採用。現行採用モデルは「SHIGERU KAWAI」であり「KAWAI」ではない。) ・ファツィオリ(2010年第16回から採用。)※1981年に創業したイタリアのピアノメーカーで「Fazioli」と表記される。

1835年、ドイツの工場でハインリッヒ・エンゲルハルト・シュタインヴィッヒ(1797年 - 1871年)氏の弟子のゲオルク・フリードリッヒ・カール・グロトリアン(1803年~没不明)と共に「スタインヴィッヒ・ナッハ・ホルゲル」という2台のピアノを完成させました。自宅キッチンの土間で作ったことから「キッチンピアノ」とも称されます。

1830年モスクワへ渡りピアノ専門店を経営、成功を納め叔父の遺産を受け継ぐこともあってロシアから戻り1835年ハインリッヒ・エンゲルハルト・シュタインヴィッヒ創業のピアノメーカーの経営に参加 才能ある二人のピアノ製作マイスターによるそのピアノの評判は、瞬く間にヨーロッパ全土に広がってゆき、会社も急速に発展していきました。グロトリアンのピアノは高い評価を得て、ヨーロッパの多くの宮廷から御用達として指定を受けるほどになったのです。
 
ヘンリー・エンゲルハート・スタインウェイのニューヨーク移住

スタインウェイ&サンズの創業

1850年、スタインヴィッヒ一家は長男のテオドールを残して、新天地アメリカ・ニューヨークへと移住し、1853年にその名を英語名のスタインウェイに改めて、スタインウェイ&サンズ社の工場を創業することとなりました。 スタインウェイ&サンズ社が創立するまでの間、ドイツ、ゼーセンで482台ものピアノが作られ、スタインウェイ&サンズ社が最初に作ったピアノの製造番号は483番で、ニューヨークのある家庭に当時の価格500ドルで販売されてたとのことです。 つまり、グロトリアンはスタインウェイの前身となる工場の優秀なマイスターにより生まれたピアノなのです。
グロトリアンとスタンウェイとの終止符

ヘンリー・エンゲルハート・スタインウェイ一家がニューヨークへ移住した後
ドイツの工場はグロトリアンに売却され、「グロトリアン・スタインヴィヒ・ナッハ・ホルゲル」となり、独りドイツに残ったスタンウェイの息子テオドールもニューヨークへ移住し、スタインウェイとの共同作業は終止符を打ちました。 後にグロトリアンは工場を現在のブランシュバイヒ(ブランシュバイク)へと移転し、現在に至っています。
  
 「グロトリアン」「グロトリアン・スタインヴィヒ」 1980年以前までは初代グロトリアンとスタインウェイの素晴らしい設計を継承し、伝統を大切にその製品を製作されていましたが、スタインウェイ社がCBS放送(CBS Broadcasting, Inc.、アメリカ合衆国最大のテレビ・ラジオ・ネットワークを有する放送局)へと売却された際、その特許・名称に対する係争裁判がおこり、ブランド名をヨーロッパ以外では「グロトリアン」とし、ヨーロッパ国内は「グロトリアン・スタインヴィヒ」のブランド名で販売地区が分けられました。

※「グロトリアン・スタインヴィヒ」のブランドは日本に正式入荷しておらず輸入するか国内で中古品を購入するかになってしまいます。

グロトリアンを愛した人たち
グロトリアンピアノは、ドイツ・ロマン派を代表する作曲家 ローベルト・アレクサンダー・シューマン(Robert Alexander Schumann, 1810年 - 1856年)の婦人クララ・ヨゼフィーネ・シューマン(Clara Josephine Wieck-Schumann, 1819年 - 1896年)が生涯コンサートで使用し愛用していたことで有名で、、ドイツのピアニストかつ作曲家であるヴァルター・ヴィルヘルム・ギーゼキング(Walter Wilhelm Gieseking, 1895年 - 1956年)もコンサートや録音にも使用し、最近ではクロアチアのピアニストであるイーヴォ・ポゴレリチ(Ivo Pogorelić, 1958年10月20日- ユーゴスラヴィアの首都ベオグラード生まれ)が愛用し、刑法学者・被害者学の研究者の宮澤浩一の実妹でもあり日本のピアニストである宮沢 明子(みやざわ めいこ 1941年 - 神奈川県逗子市生まれ)さんもコンサートピアノを購入し記念として録音されています。

シューマン夫妻
( 夫 ローベルトは1854年にライン川に投身自殺を図り救助され、ボン近郊のエンデニヒの療養所に収容されたが2年後の1856年に46歳で死去した)

時代背景は変わりますが、モーツァルト、シューベルト、ショパンなどの天才アーティストが短命で世を去ったことは非常に残念なことと感じずにはいられません。 次回はグロトリアンピアノを愛したピアニストの紹介をします。



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