アドラー心理学 優秀なピアニスト・音楽家になるために、育てるために 音楽の都ウィーン|初めての高級ピアノ

グロトリアンと心理学者アドラーとの接点

前回、ウィーンについての話題が出ましたので、それにちなんで、「音楽の都」ウィーンとシューマンを愛したウィーン出身の心理学者アドラーと、一流のピアニストや音楽家になりたい、育てたい、と考えている方たちのために必要になりそうな知識について紹介させていただきます。

ウィーン出身の心理学者アドラー(詳細は下記)は、ウィーンをこよなく愛するとともに心理学者となる以前に内科医として開業していた病院の昼休みには、近くのカフェでピアノの伴奏に合わせ、グロトリアンを愛したクララ・シューマンの夫であるロベルト・シューマンの歌曲を歌っていたそうです。これは本日、最後の方で紹介する本の中にも書かれています。 

【音楽の都ウィーン】 19世紀後半までドイツ民族全体の帝都でもあり、クラシック音楽が盛んで過去にモーツァルトやベートーヴェン、シューベルトなど、多くの作曲家が活躍したことから「音楽の都」・「楽都」とも呼ばれています。 美しい建築物「ベルヴェデーレ宮殿」にはクリムトやシーレなど私の好きな多くの作品が詰まっています。

芸術家とアスリートとの違い 才能と練習量

音楽家や画家などの芸術家とアスリートとの違いは、才能という観点で見た場合、生まれ持った遺伝的身体運動能力の優劣よりも、生命を受けてからの育った環境や個人の努力に左右される部分ががより多く求められることが大きく異なる点です。

芸術、特に音楽は、才能さえあれば生まれ持って出来るというものではありません。
一流のピアニストになるためには1日8時間以上の練習量が求められます。中にはそんなに練習しなくても早いうちにコツを掴んでスポーツも音楽も美術も出来てしまういわゆる文武両道と呼ばれる天才肌の人もいます。それがいわゆる「才能」と呼ばれるものかも知れませんがどの分野でも一流と呼ばれる方たちは人並ならぬ練習を人知れず行っています。自らが楽しんでできたか、苦労したと感じるかの違いだけだと思います。 

才能における遺伝の因果関係については今も研究がされて続けていますが、どうも「有る」という研究結果が多く見られるようです。DNAの解析によってそれが証明される日も遠くないかもしれません。 ポーランドの前期ロマン派音楽を代表する作曲家であり、ピアノの詩人とも呼ばれるショパン(1810年 - 1849年)も7歳のときに最初の作品『ポロネーズ ト短調』を作曲していますが、音楽家の家庭に生まれたことで遺伝的要素を見出してしまいがちですが、勝手にピアノが弾けるなんてことはありません。そうした環境に身を置いていたからだと思います。詳しくはショパンの伝記でも読んでいただければと思います。 【フレデリック・フランソワ・ショパン】(フランス語: Frédéric François Chopin 、ポーランド語: Fryderyk Franciszek Chopin (フルィデールィク・フランチーシェク・ショペーン) 

『個人心理学講義 生きることの科学』アドラー著

 今日紹介させていただくアドラーの心理学の著書には、大人や社会が子どもとどう関わっていくべきかということが書かれています。

今はイクメンだとか、『アドラーの心理学で〇〇な子を育てるには』とか、色々な育児書が売られていてイラストなども交えてそれはそれで分かりやすいと思いますが、どれもその本質が書かれていません。読む分にはいいと思います。読まないよりいいでしょう。しかし、本当の意味で子育てに後悔したくなかったら、この本を読んでください。

脳科学や心理学は常に進化し続けていますが、この本に書かれていることは普遍的です。人間のとる行動の理由・意味がわかります。 

【少し読みにくいです】 
訳者は解かりやすく訳すことができたと自画自賛しており、本の構成もよく出来ていると思いますが、かなり論文的な文章で基本は直訳したものなので我々のような一般人には3回ぐらい読まないと難しい部分もあります。しかし、1度読んだだけでも何となく納得できるかと思います。

私の子供はまだ小さく証明は出来ていませんが、書かれていることに常に共感する部分があります。

反対にフロイト(ジークムント・フロイト 独: Sigmund Freud、1856年 – 1939年)の著書については、「それは人によって違うだろう」というツッコミを入れたくなってしまう部分があります。 

【読んでもらいたい方】 
今日紹介する本を1冊読んでいただければ、何故そういうことが必要なのかという事がわかります。これは音楽家を育てようとする親御さんだけでなく、ごく普通の皆さん、特に教師や教職を目指す方にも読んでもらいたいと思います。 

子どもは生まれながらにして弱い立場にあり自己防衛本能が働きます。ゆえに人間が劣等感を持つことは普遍的なことであるとアドラーは言っています。劣等感が優越感を求め、人を努力へと導きます。また劣等性コンプレックスや優越性コンプレックスが引き起こす問題行動についても説明しています。 

 最近、不祥事を起こし捕まる教師がいますが、これは大人が児童に与える影響を軽んじていることからこういう事件が起こるのです。元々男子学生はあまり勉強をしないので採用試験の網に引っかかりません。どこの学校も女性教諭ばかりです。しかし現場は男性教諭を求めていますので、ろくに児童心理学も学ばないできたギリギリで受かった教員が採用され実践で学んでいくことになります。新任教師に出会った子供たちは実験台に過ぎません。だから今は副担当教諭などもいるようになりました(別の理由もありますが)。 

教育理論はもう何百年と科学されてきています。基本的な事さえ学んでおけば、間違った接し方はしないで済むのです。こうしたこともこの本から学ぶことができます。 

【けして遅くはない】 
ピアノは3歳からと言われますが、音楽もアートもいくつになってから始めても本人の努力や機会次第で成功者になれる可能性があることは、思いを馳せらせてみるとみなさんも思い当たる方が一人ぐらいはいるのではないでしょうか。

心理学を学ぶのも早い遅いはありません。興味を持たれた方は今からでも読んでみてください。でも出来たら、中学、高校の必須科目にしてもいいぐらいだと私は考えます。 

幼少期の環境の大切さ アドラーの功績

アスリートにしても音楽家にしても、あるいはその他の分野においても、その分野で成功するには、幼少期から思春期の環境が大きく左右されると言われています。それに多くの成功者は20歳前後にすでのその能力を最大限に発揮しています。特に人間のライフスタイル・人格は4~5歳頃に、10歳までにという説もありますが、とにかくそれまでに原型が形作られると言われています。それゆえに幼少期の適切な指導の在り方が大切であるとアドラーも著書の中で唱えています。けして手遅れになるということではありません。

アドラーは、自身の幼少期の体験や内科医として多くの患者を診察していたことから、親の影響や兄弟関係などと神経症との関わりについて、フロイトと出会う前から自分なりの神経精神学についての考え方を持っていました。そして、人間が成長する過程でのより良い環境の必要性について政府にも訴えかけてきました。「児童相談所」というのもアドラーの提言でヨーロッパに広がったのが始まりです。現在日本にある「児童相談所」よりももっと高度な機能を持っていました。(詳細は以下) 北欧を中心にこうした教育環境が根付いていたことも、今もなお芸術の文化・伝統が現在に引き継がれている所以ではないでしょうか。 

シューマンの楽曲を愛し、下流階級に親しまれた心理学者

アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870年 - 1937年) 

【経歴】 
1870年2月7日、ウィーン郊外のペンティングで、六人兄弟の二番目として生まれる。 父はユダヤ人の穀物商で比較的裕福であったと言われている。父との関係は良好であったが、母との関係はあまり良くなかったとのことであるが、のちに自分が母への態度が間違っていたと語っている(「母は天使であり、私たち兄弟を皆一様に愛してくれていた」と)。

3歳の時に弟のルドルフがわずか1歳でジフテリアで亡くなったこと、自分自身がくる病であったこと、5歳の時に肺炎になって死にかけた経験をするなど病弱であったことと相まって、後に医者になることを決心する。

1895年、ウィーン大学の医学部を卒業。最初は眼科医、後に内科医として開業、その後、フロイトの『夢判断』(Tranumdeutung,1900)を読み、精神医学に興味を持つようなる。 

1902年、「ウィーン自由新聞」(Wiener Neue Freie Presse)に『夢判断』に対する批判的な記事が出た時にフロイトを擁護する投書をし、これが掲載されたことをきっかけにフロイトが感謝の葉書きをアドラーに送り、フロイトが主催する研究会「水曜会」に招いたと言われている。以後、精神医学に専念する。

1910年、「水曜会」から発展した「ウィーン精神分析学会」の会長となる。

1911年、フロイト派と学説上の対立が顕著になり脱会。1913年にはユング(Carl Gustav Jung、1875年 - 1961年)も脱会している。

1912年、自由精神分析学会を設立。翌年、「個人心理学会」(Gesellschaft frur Individualpsychologie)に改める。

1914年、第一次世界大戦が勃発。当時44歳だったアドラーは軍医として陸軍病院の神経精神病科に所属。入院してくる兵士が再び兵役につけるかどうかの診断にあたる。 

【まだ続きますのでシューマンのピアノ曲でも聴きながら気楽に読んでください】 
だれでも一度は聴いたことのある曲だと思います。私が社会人になってからもう一度弾こうと思って知人に簡易版の楽譜を書いてもらって練習した曲でもあります。これさえ弾けなくなっていた自分に後悔しました。 

 【経歴の続きです】 
戦後、社会主義への関心が再燃したが、ロシア革命の現実を目の当たりにしてマルクス主義に失望し、政治改革による人類の救済を断念し、以後、育児と教育によってのみ個人の改革は可能であると考えるようになる。(大学を卒業して2年後に結婚したロシアの才媛でウィーンに留学中だったライザとは、社会主義の勉強会で知り合う二人の間には4人の子どもが生まれている)。

敗戦後のウィーンは荒廃し、青少年問題が社会問題化する中、ウィーン市に働きかけ、公立学校に多くの「児童相談所」を設立。アドラーが開設した「児童相談所」は、子どもや親の治療の場としてだけでなく、教師、カウンセラー、医者などの専門職を訓練する場としても活用され、自らカウンセリングの場面を公開して見せた。 

アドラーが教師に寄せる期待は大きく、「教師は家庭での親の有害な影響を打ち消すよう十分訓練を受けなければならない」と考えていた。 その後、ウィーンからヨーロッパ全域に急速に普及した。しかし、政治的その他の障害(ナチズムの台頭)からヨーロッパでの発展は阻害されることになる。 ユダヤ人の迫害を恐れ、1926年から1927年の冬にかけてアメリカへ定期的な旅行を始め、1935年にアメリカに亡命。ニューヨークに活動の拠点を置く。 1927年に『人間知の心理学』(Menschenkenntnis)、1929年に『個人心理学講義-生きることの科学』(The Science of Lisving)、『神経症の諸問題』(Problems of Neurosis)を出版。 1937年5月28日、スコットランドのアバディーンで講演旅行の途中、心臓発作で亡くなる。(享年67歳) 

その他】  
 アドラーは、強いウィーンなまりを交えた(ウィーンなまり自体よくわかりませんが)ドイツ語での講演は流暢だったそうですが、英語が得意ではなかったそうで、英語で書かれたアドラー自身のノートは理解不能だったそうです。 出版された著書も彼の残した英語の講義ノートやメモを元にアドラーの熱心な支持者が書き改め、アドラー自身もその原稿に目を通しているが、アドラーの著書の大部分は別の人が編集し出版されたものであることから整合性に欠ける部分などもあると言われています。
   
読むべき著書

上記にも記載した通り、アドラー本人よる原著というの無いらしく、他者が整理しなおして編集されたものですが、その中でも読みやすいと言われているのが、1929年に出版された『個人心理学講義-生きることの科学』(The Science of Lisving)です。 この本は、日本アドラー心理学会認定カウンセラーでもある岸見一郎氏が訳したものですが、彼が訳したのは1929年刊行のアドラーの原著ではなく、1969年にハインツ・ルードヴィヒ・アンスバッハー博士((Ansbacher、1904年 - 1996年)が編集したものを底本にしたものです。

岸見がアドラーの著書の中でも読みやすいという通り、本の構成は非常にわかりやすくよく出来ていると思います。しかし、訳された文章が論文のようでそれなりに読むのは難しいです。ただ、何となくわかると思います。それだけでいいと思うんです。 

【ハインツ・ルードヴィヒ・アンスバッハー】 
1904年10月21日にフランクフルトに生まれ。 銀行家と財界人の息子。コロンビア大学に入学し、博士号を取得 2年間の大学卒業後、1924年にアメリカ、ニューヨークに渡米。 1930年の春、コロンビア大学でアドラーが指導した一連の講義に出席。 アドラーに魅了される。 

『個人心理学講義 生きることの科学』(The Science of Living)

「グロトリアン」というピアノを通じて、ウィーンを始めとする北欧には古くから優秀な音楽家を育てる環境が整っているということを改めて知ることができます。リンクを貼っておきますが、本屋さんで興味のある章だけでも目を通してみるのもいいと思います。 以下書籍の紹介です。 私が読んだのは第4版なので表紙のデザインが異なります。
『個人心理学講義 生きることの科学』(The Science of Living) 
アルフレッド・アドラー(Alfred Adler)著 
岸見一郎(Ichiro Kishimi) 訳 
野田俊作(Shunsaku Noda) 監訳 
1996年4月1日初版 

 ■監訳者略歴■ 
野田俊作 
1948年 大阪市生まれ 
1972年 大阪大学医学部卒 
1982年 シカゴ、アルフレッド・アドラー研究所留学  専攻 児童思春期精神医学 
日本アドラー心理学会会長、国際アドラー心理学会理事 

 ■訳者略歴■ 
岸見一郎
1956年、京都生まれ。 
1987年、京都大学大学院文学研究科博士課程哲学専攻(西洋哲学史) 
日本アドラー心理学会理事、日本アドラー心理学会認定カウンセラー、 (上記はこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
     
目次

目次の詳細を載せておきますので、興味のある章だけでも目を通してみるといいでしょう。きっと、すべてを読んでみたいと思うはずです。(若干読みにくいですが) 
【目次】 
第1章 個人心理学の原理 
 目的追求性
  統覚の枠組み(シェマ)
  劣等感と共同体感覚
  コモンセンスとその欠如
  親の影響
  感情と夢
  誕生順位と早期回想
  結論 
第2章 限界を克服すること
  個人の統一性
  社会的文脈
  不完全さに対する態度
  大きな劣等感の兆候 
第3章 劣等コンプレックスと優越コンプレックス
  概論
  症例 
第4章 ライフスタイル
  ライフスタイルの理解
  ライフスタイルの矯正
 第5章 早期回想
  回想の方法
  早期回想の対象
  甘やかされた子どもと憎まれた子どもの早期回想
 第6章 身体の動きと態度
  身体の動き
  立っている時
  寄りかかること
  距離と接近
  態度
  勇気と臆病さ
  運命論者
  羨望、男性的抗議、性的困難
 第7章 夢とその解釈
  ライフスタイルと目標
 第8章 教育と問題のある子ども
  学校と社会思想
  家庭の影響
  問題行動のある子どもたち
  治療
  診断
  誕生順位
 第9章 誤ったライフスタイル
 症例
 幼児期
 学校の問題
 人生の三つの課題 
 予防と矯正 
第10章 犯罪と共同体感覚の欠如 
 概論 
 症例 
第11章 恋愛と結婚
 平等のための前提 
 結婚の準備 
 結婚カウンセリング 
第12章 性とセックスの問題
  早期の訓練
  ライフスタイルへの依存
  他の要因
  社会的解決 
第13章 結論 〔解説〕 

是非、読んでみてください。

今日も最後までお付き合いくださりありがとうございます。 



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